もへちゃん先生の学級通信の資料置き場

もへちゃん先生の学級通信はhttps;./.moheblo.comに引っ越しました

オンライン授業だとなかなかできない「けんか」…けんかから学ぶものとは?

 土日祝日は、「プチ・精神と時の部屋(臨時休校中の子どもたちに届ける通信)」はお休みして、通常のブログ「過去の通信の紹介」に戻しています。

 けれど、時期的な記事はなぁ…。

 学校が、あってないってところの方が多いかもしれないもんなぁ。

 新型コロナウイルスを押さえ込む見通しは、まだたってないし…(T_T)

 そこで、今回は時期的な記事でないものを紹介したいと思います。

 3年7組学級記録 No.6(2010年4月14日発行)です。

けんか

 部活動紹介のために並び方を変えていた時、それは起こった。

 けんかだ。

f:id:toshioh:20200418202902j:plain

イラストACからの引用

 〇〇先生が間に入り、2人を連れ出したから、気づかなかった人も多かった。

 ぼくは、クラスでけんかのことが話題になると、いつも八ッ塚実さんって人の文章を思い出す(八ッ塚さんは、中学校の先生をしていた人だ)

 ぼくにも「けんか」の思い出はある。

 一番輝かしい大げんかは、中学2年の時だ。

 頭や顔の形が変わるほどの、すさまじいものだった。

 原因は、さて何だったか。

 忘れてしまったけれど、とにかく、「ここで立ち上がらなければ、自分の名誉も正義もまるつぶれだ、男じゃない」と気負っていたことだけは確かだ。

 とっくみあいをしてる最中に、誰かが先生に知らせに行ったらしい。

 H先生がすっとんで来た。

 来たけれど、黙って見ている。

 ニヤニヤ笑っていて、一向にとめてくれる気配はない。

 こっちは、いいかげん面倒くさくなって、けんかはどちらからともなくやめてしまった。

 するとH先生は、笑いながら2人に話しかけてくれた。

 大体こんな話だった。

「体はぬくもったか。ケガはしなかったか」

「学校という所は、大勢の同じ年頃の子らが集まっている。

いつも、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、楽しくやったりしている。

みんなの気持ちのるつぼみたいなものだ。

もちろんけんかもある。

けんかは、学校の風物詩みたいなもんだ。

子どもは、けんかをしながら、みんなにもまれながら育っていくのだ。

ぼくも、君らくらいの時は、何度もやった。

『けんか』もできない腰ぬけより、元気があっていいくらいだ。

でもなぁ、物事の解決のしかたはいっぱいある。

その中で『けんか』という方法は、一番ボロだということを、この際知れ。

(八ッ塚実著 「学級記録」1975より) 

  八ッ塚さんが中2の頃の体験だから、今から60年くらい前のできごとだ。

 「けんかをとめなかったH先生」とか「けんかもできない腰ぬけ」という文からは、「時代が違うな~」って思った。

 しかし、

「けんかという方法は(物事の解決のしかたとして)一番ボロだ」

というのは、今も昔も変わらない。

 

 1つの教室に、30~40人の思春期の子どもたちが、1日の1/3もの長い時間を一緒に過ごすのですから、けんかや仲間外し等、様々な問題が起こるのは当たり前だと、私も思います。

 年度当初、すてきな学級目標を立てられたクラスだって例外ではありません。

 私は、常々子どもたちに

「問題が起こらないクラスが『いいクラス』じゃないとぞ。

問題は必ず起こる。

でも、その問題をどう乗り越えたかで、『いいクラス』になれるんぞ」

と話しています。

 そして、けんかや仲間外し等の問題が起こったら、さっそく班長会を持ち

「ついに問題が起こったぞ!

ここががんばり時ぞ!!(^o^)

さぁどうする?」

と、班長たちに解決策を考えさせます。

 そして帰りの会で、班長会の解決策を提案し、みんなで問題を乗り越えさせます。

 オンライン授業だと、けんかさえできないだろうなぁ(>_<)