土日祝日は、「プチ・精神と時の部屋(臨時休校中の子どもたちに届ける通信)」はお休みして、通常のブログ「過去の通信の紹介」に戻しています。
けれど、時期的な記事はなぁ…。
学校が、あってないってところの方が多いかもしれないもんなぁ。
新型コロナウイルスを押さえ込む見通しは、まだたってないし…(T_T)
そこで、今回は時期的な記事でないものを紹介したいと思います。
3年7組学級記録 No.6(2010年4月14日発行)です。
けんか
部活動紹介のために並び方を変えていた時、それは起こった。
けんかだ。
〇〇先生が間に入り、2人を連れ出したから、気づかなかった人も多かった。
ぼくは、クラスでけんかのことが話題になると、いつも八ッ塚実さんって人の文章を思い出す(八ッ塚さんは、中学校の先生をしていた人だ)
ぼくにも「けんか」の思い出はある。
一番輝かしい大げんかは、中学2年の時だ。
頭や顔の形が変わるほどの、すさまじいものだった。
原因は、さて何だったか。
忘れてしまったけれど、とにかく、「ここで立ち上がらなければ、自分の名誉も正義もまるつぶれだ、男じゃない」と気負っていたことだけは確かだ。
とっくみあいをしてる最中に、誰かが先生に知らせに行ったらしい。
H先生がすっとんで来た。
来たけれど、黙って見ている。
ニヤニヤ笑っていて、一向にとめてくれる気配はない。
こっちは、いいかげん面倒くさくなって、けんかはどちらからともなくやめてしまった。
するとH先生は、笑いながら2人に話しかけてくれた。
大体こんな話だった。
「体はぬくもったか。ケガはしなかったか」
「学校という所は、大勢の同じ年頃の子らが集まっている。
いつも、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、楽しくやったりしている。
みんなの気持ちのるつぼみたいなものだ。
もちろんけんかもある。
けんかは、学校の風物詩みたいなもんだ。
子どもは、けんかをしながら、みんなにもまれながら育っていくのだ。
ぼくも、君らくらいの時は、何度もやった。
『けんか』もできない腰ぬけより、元気があっていいくらいだ。
でもなぁ、物事の解決のしかたはいっぱいある。
その中で『けんか』という方法は、一番ボロだということを、この際知れ。
(八ッ塚実著 「学級記録」1975より)
八ッ塚さんが中2の頃の体験だから、今から60年くらい前のできごとだ。
「けんかをとめなかったH先生」とか「けんかもできない腰ぬけ」という文からは、「時代が違うな~」って思った。
しかし、
「けんかという方法は(物事の解決のしかたとして)一番ボロだ」
というのは、今も昔も変わらない。
1つの教室に、30~40人の思春期の子どもたちが、1日の1/3もの長い時間を一緒に過ごすのですから、けんかや仲間外し等、様々な問題が起こるのは当たり前だと、私も思います。
年度当初、すてきな学級目標を立てられたクラスだって例外ではありません。
私は、常々子どもたちに
「問題が起こらないクラスが『いいクラス』じゃないとぞ。
問題は必ず起こる。
でも、その問題をどう乗り越えたかで、『いいクラス』になれるんぞ」
と話しています。
そして、けんかや仲間外し等の問題が起こったら、さっそく班長会を持ち
「ついに問題が起こったぞ!
ここががんばり時ぞ!!(^o^)
さぁどうする?」
と、班長たちに解決策を考えさせます。
そして帰りの会で、班長会の解決策を提案し、みんなで問題を乗り越えさせます。
オンライン授業だと、けんかさえできないだろうなぁ(>_<)