もへちゃん先生の学級通信の資料置き場

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今でも不思議。なぜ反戦平和のメッセージが、勉強のやる気に結びついたのだろう?(1987フリーウェイ81号より)

  前回のブログで紹介した通信の中に

「第81号のフリーウェイ(この頃の学級通信の名前)を見て思いました。『このままではいけないと』」

とありました。

moheji.hatenadiary.jp

 前回紹介した通信(83号84号)を読んで、子どもたちは「やる気」について、連絡帳や班ノートに思いを書いてきました。子どもたちどうしで世論が形成されていったわけです。

 では、その世論のきっかけとなった「(勉強に対しての)やる気」をかき立てたフリーウェイ81号とは…。

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81号の題字 上部に見えるのは「卵とペンギンの足」です。パラパラ漫画になってます(笑)

  そこで今回は、81号…1987年12月8日に書いた通信を紹介します。

1941.12.8 それは狂気の動き出した日

  今日は12月8日 。

 何の日か知ってるだろうか?

 それは、君たちが以前学んだこの詩に関係ある。

 

胎児に

                吉野弘

戦争の胎児よ

臨月は近いのか?

なんとしても生まれ出たいのか?

生まれ出て、平和を食べ尽くしたいのか?

 

お前を認知する父母は、いないけれど

名乗り出ないだけで

父母は、いる

自分の気に入らないものを抹殺する狂気

   それが父

利己主義と気付かない利己主義

   それが母

 

この父母たちは私たちすべての人間の中にいて

つまりは、私たち自身が

戦争の生みの親であるのに

そのことを認める人は少ない

 

戦争よ、お前は不幸な子だ

お前を生んだ父母は名乗り出ることなく

父母その人からも

あとあとまで永く呪われるのだ

 

戦争よ、戦争よ

お前を生み出さぬよう

私たちは

内なる狂気と利己主義を

怖れることができればいいのだが…

 

お前を生み出そうとする人のほうが

お前を生み出すまいとする人より

これまで、いつの時代にも精力的で

結局、お前は生まれ出て

平和を食べ尽くしたね

今度も、同じか?

 

  1941年、東条内閣は、アメリカと交渉しながら、裏では戦争の準備を整えており、アメリカから「中国にいる日本軍の撤退と、三国同盟をやめる」ように要求されたのを機会に、開戦に踏み切った。

 12月8日とは真珠湾攻撃の日なのだ。

 この日を境に、君たちが今まで学んできた、ヒロシマナガサキの原爆、沖縄での対馬丸、生徒会が演じた劇のような狂気の時代へと移り変わっていったのだ。

 

 「胎児に」という詩、もう一度、よ~く読んでごらん。

 表面的な文章の理解より、この詩の訴えたいことを感じ取ってほしい。

 そのためにも一言、一言かみしめて読んでほしい。

 

 自分の気に入らないものに対して暴力を振るうもの、いじめという行為を平気で行うもの、それを見て見ぬふりしてるもの、これらは「狂気」そのものではないか!

 人を油断させ、人が失敗した隙に自分だけ志望校に入ろうとするもの、人が苦しんでいても自分だけよければいいという差別意識、これらが「利己主義と気付かない利己主義」ではないだろうか!

 

 君らがそうでないことは僕も知っている。

 が、現在の社会の様子は、まさに狂気と利己主義が渦まいているではないか!

 今の君らが、明日の社会を創っていくのだ。

 戦争を生み出すのも、防ぐのも、他人の責任ではないのだ。

 その時代に生きてる人々(もしかしたら僕や君らが生きてる間かもしれない)すべての責任なのだ。

 

 僕は、こんなふうに、忘れかけている「戦争の開始日」を君らに知らせることにより、戦争への警笛を鳴らす。

 3の5の目標は(2年の最初に言ったが)「いいクラスにしよう」だった。

 日本だけでなく、世界全体が、形なんかにとらわれず「いい世界にしよう」と真から動き始められるといいな。

 君らが大人になった時、イヤ、今からでも、2度と悲惨な戦争を起こさないためにも、まわりの人間に、平和な世界のために必要なこと…『人を思いやる心』を訴えてほしい。

 そう、友人に、親に、そして弟に妹に。頭の固い大人にも!

 君らの時代は君らが創る!

 伝えていけ、風化させるナ

  

 読んでもらうとわかると思いますが、この通信は「やる気を出そう」というメッセージで書いた通信ではありませんでした。

 私の通信の柱の1つ「反戦平和」についての記事でした。

 私自身もこの通信から、「やる気」につながり、それでクラス全体の世論ができていくとは思いもしませんでした。

 

  反戦平和の節目の日はいくつかあります。

  1.  6月19日 福岡大空襲
  2.  6月23日 沖縄戦終結
  3.  8月6日 ヒロシマ原爆
  4.  8月9日 ナガサキ原爆
  5.  8月10日 筑紫駅銃撃事件
  6.  8月15日 敗戦の日
  7.  10月21日 世界反戦デー
  8.  12月8日 真珠湾攻撃(太平洋戦争開戦)

 福岡大空襲や筑紫駅銃撃事件は、地元だからこその「節目の日」です。

 8月15日はお盆でもあり、通信で知らせたり、学校行事としては扱えません。

 また、私が勤務している地域では、以前は普通にとりくんでいた夏休み中の8/6の出校日での平和学習が潰されていきました。

 「狂気」があふれ出しつつあるような気がします。

 また、超多忙の日々のため、平和学習にとりくむ学校が減りつつあります。

 

 さて、この通信内で

「君らが大人になったとき、イヤ、今からでも、2度と悲惨な戦争を起こさないためにも、まわりの人間に、平和な世界のために必要なこと…『人を思いやる心』を訴えてほしい。」

と書きましたが、子どもたちだけに「反戦平和のために動きだそう」と求めて、自分は何もしないというのは、いただけません。

 私は、その後の勤務する学校のほぼ全てで、平和学習や平和集会、平和劇等の提案を積極的に提案し、とりくみました。 

 この通信を書いた1987年は、先生になって3年目。初めての卒業生たちです。

 最初の教え子たちに求めたことを、自分自身もやり通したかな~(^^)

 自分で自分を褒めてもいいかな~(^_^)v

 

 このように、この日の通信は思いっきり「反戦平和」のメッセージだったのですが、ある子にとっては、自らのやる気をかき立てる通信になったわけです。

 う~ん…何故だろう?先生を長く勤めた今でも不思議です。

 でも、反戦平和のメッセージも書けた上に、勉強のやる気もかき立てられたのだから、もうけもんですね(^^)