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成人の日に思う…大人と子どもの違いとは

 今日は成人の日でした。

 本棚の学級通信のファイルをパラパラとめくって、「成人の日」をテーマにした通信を探してみました。

 あるある!

 そこで今回は2009年1月14日に発行した「1年1組学級通信」を紹介します。

成人の日

記録56

 おそくなったけど、テスト、みんなわかったぁ??

 もち、私はNO このままじゃ高校行けんわ~

 どーしましょ↓↓↓

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子どもの生活ノートに書いていたイラスト(実物は1センチ✕1.5センチ)

 1月12日は成人の日だった。

 僕の娘も二十歳なので着飾って成人式の会場に出かけていった。

 テレビのニュースでも、各地の成人式の様子が報道されていた。

 

 そんな新成人の人たちを見ながら、大人と子どもの違いって何だろうって考えてみた。 

  • 身体がでかい↔小さい
  • お年玉をやる↔もらう

とか、いろいろあるだろう。

 そんな1つに

  • 社会の厳しさの中に生きている↔守られて生きている

ってのもある。

 「社会の厳しさ」と言われてもピンと来る人は少ないかもしれない。

 例えば、高校入試というのは、君たちが経験する初めての「人生の厳しさ」と言える。

 不合格になれば(点数が低かったならば…、面接できちんと答えられなければ…)、その次の年度、4月から行く学校が無くなるのだから。

 

 今までだったら、テストの点数が低くても、僕や親から怒られるだけで、それ以外、特に変化はない。

「次はがんばるけん!」

とやり直すことは可能だし、がんばらなくたって、なんとか日々を過ごすことも可能だ。

 それは「守られている」からであり、「次のがんばりを期待されている」からだ。

 

 入試は違う。

 失敗したら、誰も君のことを助けることはできない。

 「君の勉強不足」という責任を、自分自身でとらされる。

 

 「社会に出る」ってことは、その繰り返しとも言える。

 がんばった分、成果を上げた分は評価される(ほめてもらえる、給料が上がる…)。

 しかし、努力不足の分はきっちり責任をとらされる。

 それが「社会の厳しさ」だ。

 子どもの間は、失敗しても許されるけれど、大人になると、しっかり責任をとらされるんだ。

 

「このままじゃ高校行けんわ→どうしましょ」…それが本当に起こるのが、社会の厳しさ。

 ◯◯◯さん(記録56を書いた子)を含め、君がこの問題に対し、

子どものままでいる(「なんとかなるやろ」と思う)のか、

それとも少しずつ大人な対応をする(「マジやばいけん、今日から勉強しよう」と思う)のか。

 

 「大人になりたくない!」と叫んだところで、おかまいなしに年月は過ぎていく。

 「子どもがいい」と考え、毎日おもしろおかしく生きたとしても、社会に出る頃にはきっちり責任をとることになる。

 

 一気に大人になる必要はないけれど、今くらいから少しずつ少しずつしっかりしていくべきだ。

 二十歳になる7年後、社会の厳しさの中でも自分らしさを貫ける人間として、成人式に出てたらいいな。

 

 中3生だとこの時期は受験直前です。

 ほとんどの子が「大人な行動」(志望校合格目指して、自らすすんで勉強)をとっています。

 そういう点で、「受験」という人生の関門には意味があると思います。

 

 さて、この年は中1生の担任でしたので、まだまだ「子どもな行動」(勉強したくない、毎日遊んで暮らしたい…)の子が多かったです。

 だからこんな通信なわけですね。