もへちゃん先生の学級通信の資料置き場

もへちゃん先生の学級通信はhttps;./.moheblo.comに引っ越しました

土日は「プチ・精神と時の部屋」はお休みして、通常のブログ「過去の通信の紹介」に戻します。今回は「僕の進路決定物語③」

 3月2日からの臨時休校要請に伴い、

従来の「過去の通信を紹介する」パターンではなく、

「お休みしてる子たちへの通信」(=プチ・精神と時の部屋シリーズ)というスタイルでブログを書いています。

 

 でも土・日・祝日くらいは従来のパターンに戻っちゃおうということで、

先週の土日は過去の通信から「僕の進路決定物語①、②」を紹介しました。

 ①では、高2までの私の進路決定の迷走を紹介しました

moheji.hatenadiary.jp

 ②では、世界史の先生になりたかったけれど、大学受験の科目であきらめたことを書きました ↓

moheji.hatenadiary.jp

 「僕の進路決定物語 最終回」では、当然数学の先生を選ぶはずですが…。

  高2で学んでいた数ⅡBのテストでの最低点は9点 (T_T)

 もちろん100点満点のテストで9点です(^^;)

 そんなもへちゃんは、無事、数学の先生になれるのでしょうか。

 では、学級通信「道のべ No.45」(1990年12月10日発行)を紹介します。

僕の進路決定物語(最終回)

 2番目になりたかったのは、国語の先生だった。

 僕は「現代文」に関しては好きだったし、成績もよかったからだ。

 ならば、なぜ今、国語の先生じゃないかというと、古文(枕草子とかいろいろ)、漢文(漢字ばっかりの文章)、そして文法が苦手で、しかも嫌いだった。

 また、見てもわかるように字が下手で「習字なんて教えられんなぁ」と思ってたので、あきらめた。

 

 今でも字の上手な人はうらやましいと思う。

 そのことは1つの才能であるし、自分の人生を支える1つのことになるのだから。

 

 世界史の先生、国語の先生をあきらめ、

「では、何の先生になろうかな?」

と思った時、できそうなのは

  • 数学(その当時、成績はひどかったんだけど「やればできる」と考えていた)
  • 体育(好きなバレーボールで仕事ができるという魅力から)

が頭に浮かんだ。

 

 この頃は、共通1次試験(現在のセンター試験)直前で、勉強にラストスパートをかけていたころだった。

 あれだけの勉強(質、量ともに)を僕は人生でもうできないかもしれない。

 それほど、やってやってやりぬいた。

 

 共通1次が終わり、いよいよ体育科か数学科か決めなくっちゃいけなくなって、考え込んだ。

 

 決断した理由は、自分の今まで過ごした人生にあった。

 中学まで体育が得意とは言えず、中1の時はバスケ部のきつさに逃げ出した人間だった。

 高校で3年かかってやっとバレーボールの楽しさが味わえるようになった程度の僕に、体育の先生は無理だと思った。

 

 「数学の先生」と目標が決まり、いよいよ2次試験まで1ヶ月になっていた。

 問題だらけだった。

 数学は授業に全くついていけてなかった。

 「わからないところは先生に聞け」とよく言われるけど、わからないところがどこかわからなくて、とても聞けなかった。

 だから自分で始めからやり直した。

 参考書の1ページ目から、そのページをわかるまでやった。

 残り1ヶ月という時間のなさが、1日17時間勉強という異常なスケジュールをやり通させた。

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なのなのなさんによるイラストACからのイラスト

 やれるだけのすべてをやって入試に臨んだ。

 解けない問題もあった。

 でも、なんとか合格できて今の自分になった。

 

【番外編】

 大学1年くらいの時、吉川晃司がデビューした。

 オリンピックの水球の強化選手をやめ、

「人生をドラマティックに」

生きたいからと、歌手になった。

 その時、僕も

「先生として将来生きよう」

と思った。

 なぜか?

 それは、他の職業より、君たちとつきあうほうが

人生をドラマティックに

生きられると思ったからだ。

 だから4年生の時に誘われたコンピュータープログラマーの道も選ばず、

今、◯◯◯中 3の6の担任をしている。

 

 共通1次試験以降、1日17時間勉強がなぜできたかというと、

高3のその時期は、多くの生徒は私立大学の受験等があるため、週1回(何曜日だったか忘れました)だけ登校と言われたからです。

 「図書館でも自宅でもいいから勉強がんばれ」という指示でした。

 なので、私は自分の部屋で勉強することにしました。

 部屋全体を暖めると眠くなるので、小さなコタツにに足を突っ込み、綿入り半纏を着込み、軍手の指先を切った手袋をしてました。

 眠くなったら、そのまま横になって3時間後に起きるよう目覚ましをセット。

 目覚ましが鳴ると起き出してきて、

歯磨きというか舌磨きをして「オエッ」となると、スカーッと目が覚めるという技を編み出したのは、この頃です(笑)

 それから勉強、勉強、勉強…

 食事、風呂等で4時間ほどロスしますが、これで1日17時間勉強になります。

 共通1次試験から2次試験までの約1ヶ月で、受験科目の「数ⅡBと数Ⅲ」にとりくみました。

 前述のとおり、私の実力は9点(100点満点で)ですから、ほぼ0ってことです。

 当時の私たちの流行だった「矢野健太郎の解法のテクニック」という参考書2冊を、

まずは数ⅡBの1ページ目から始めました。

  • わからなければ、次の問題に行かない
  • わからなかったら解答、解説を見て「あ~ね」と納得するまで考える

 だから時には1問を延々と考えることもありました。

 勉強すべきものが2教科(数ⅡBと数Ⅲ)だけだったこともあり、1ヶ月でギリギリ間に合いました(^^)

 

 でも私は、人にはこの勉強法はすすめません。子どもたちにももちろんすすめません。

 なぜなら、元々くっきりとした爪半月(爪の根元の白い部分)だったのが、

この1ヶ月の受験勉強でなくなってしまいました。

 この爪半月がどれくらい見えているかで健康かどうかがわかるらしいのです。

 爪半月が少なくなればなるほど、体調を崩している証拠だそうで、

18歳のあの1ヶ月で無くなって以来、私の爪に爪半月はほとんどありません。