もへちゃん先生の学級通信の資料置き場

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土日は「プチ・精神と時の部屋」はお休みして、通常のブログ「過去の通信の紹介」に戻します。今回は「僕の進路決定物語①」

 3月2日の臨時休校開始に伴い、

従来の「過去の通信を紹介する」パターンではなく、

「お休みしてる子たちへの通信」(=プチ・精神と時の部屋シリーズ)というスタイルでブログを書いています。

 

 でも土・日・祝日くらいは従来のパターンに戻っちゃおうかな。

 

 ってことで、「プチ・精神と時の部屋」ファンのみなさん、もしいたらごめんなさい<(_ _)>

 従来の「もへちゃん先生の学級通信」ファンのみなさん、おひさしぶり~(^^)/

 

 さて、私の住む福岡県は、まもなく(3月10日)公立高校一般入試です。

 高校には普通科、工業科、商業科、農業科、音楽科、家政科、美術科…とあります。

 どの科を受験するかは、子どもにとって人生最初の大きな選択と言えるのではないでしょうか。

 そこで今回は、私の進路選択について書いた学級通信「道のべ No.43」(1990年12月6日発行)を紹介します。

僕の進路決定物語①

 

 僕が教師になろうと決心したのはいつだったろうか。

 

 中学2年のころ、理科の「気象」の授業で天気図を書いた。

 提出して、返ってきた時、でっかい花丸があったので、ふと

「才能あるのかなー」

と思った。

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nagさんによるイラストACからのイラスト

 中学3年、進路を決めなくっちゃならない時期になった。

 それでも将来自分がどんなふうに働いていくのかを考えることはできなかった。

 だから担任には

「高校3年間で考えるので普通科に行くつもり」

と言った。

 あっさりと納得されてしまった。

 

 私立受験の後、

「受験って、こんなに難しいものか」

と改めて感じ、公立受験まで、それまでの人生にないほどで努力した。

 でも、今思うとどうしてやれたのかなーと思う。

 特に夢があったわけではなかったのに…。

 

 ただ、その時考えてたことは

「自分の人生に直接結びついている試験だから、絶対後悔するようなことになりたくない。

 やってやってやりぬいて、それで落ちる分はしかたない。

 でも、勉強がたりなくて(自分の努力不足で)落ちるのは、ブリブリ後悔するから嫌だ」

ということだった。

 

 志望校に入り、高2のころ、いよいよ進路を考えねばならなかった。

 もう先に延ばすことはできなかった。

 そんな時思い出したのは、中2時代の「天気図 花丸事件」だった。

 ちょうどテレビで南極基地のことが流行っていた時だったので、

気象庁に入って、南極の昭和基地に行って、オーロラの研究をする」

という夢を初めて持った。

 

 でも、まだ「夢」だったし、真剣に考えてたわけでなく、何となく思っていただけだったので、その夢実現のために努力をしなかった。

 

 高2の模擬試験で、志望校を「気象大学」と書いて出したところ、「とっても無理」という結果が返ってきた。(英語が苦手な分、ダメだった。あの時英語に努力してたら…)

 進路のことで◯◯先生(のちに仲人をしてもらうことになる)に相談したところ、

気象庁に入ったら、家庭持つの、大変ぞ。離島の測候所に行ったり、山の上の気象レーダーサイトに勤めたりするんぞ」

と言われた。

 「家庭を持つのが大変」というのは大げさだと感じたけど、

「家庭を犠牲にするよな~」

と感じたし、成績的にも無理なので、初めての夢はあきらめた。

 

 次に考えたのは…

 次回に続く

 

 本当の通信も「次回に続く」と書いています。

 B4サイズ手書きだったので、紙面に限界があったわけです。

 でも、読むにはこれくらいの量がちょうどいいと思います。

 

 そういう意味で、今週は「お休みしてる子たちへの通信」(=プチ・精神と時の部屋シリーズ)を書いてきましたが、ちょっと内容が多すぎたなぁと反省しています。

 1週目でもあるし、スタートに際して伝えたいことがいっぱいあったからなのですが…。

 「大事な内容なんだから」と小さな文字サイズで、紙面にびっしり書いた通信…

先生たちがよく書く通信がそれです。

 

 でもいくら大事でも、相手が読まなければ意味がない…

 知ってたはずなのに(^^;)

 来週は読みやすいブログを心がけます<(_ _)>