もへちゃん先生の学級通信の資料置き場

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いのち

 昨日と今日は、知り合いだった方の通夜と葬儀がありました。20代と40代のころ、同じ学校に勤務した方でした。

 私は通夜や葬儀が苦手です。いや、正確に言えば「苦手になってしまいました」です。

 2年前に娘を亡くして、「棺を家から運び出す場面」とか「火葬の際にボタンを押したこと」とか、いろんなことを普段からフッと思い出してしまうのですが、通夜や葬儀ではその間中、2年前のことを思い出してしまうからです。

 

 そこで今日は、昨年、生徒たちに結婚差別についての授業ができなかった代わりに「いのちを大切にして欲しい。将来、差別やイジメで苦しんだときは連絡して欲しい」という話をした際に使った通信を紹介します。

 

学年だよりミニの5つのこだわり

 12月末、参加していた学習会で学年だよりミニの話をしたら「ぜひ読みたい」と言われ、次の1月の学習会に持ってくることを約束しました。
 当時は140号くらいまで出していました。印刷してみると約1.1センチ…いや目盛の0が机の表面からではないので1.4センチくらいでしょうか。

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1枚1枚は薄くても、140枚重ねると1.4センチ

 今日で164号。私の担任時代の学級通信の最高枚数が135号でしたから、過去最高になりました(^o^)
 100号超えた時は製本して、もへちゃん組の人たちに卒業式の日に渡してきたっけ…
 あっ、一番最初の卒業生の時は悲しくってそんな工夫することもできず、卒業式を迎えちゃったなぁ。

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卒業生に渡してきた学級通信集

 あなたたちの卒業式でも「初めての卒業生」を出す担任の先生がいらっしゃいます。ぜひフォローしてあげてくださいね(^^)

 さて、私が学年だよりミニでこだわってきたのは「反戦平和」「人権」「労働」「学ぶ」「いのち」などです。
 それらをお説教のような形でなく、あなたたちの心に染みこむような言葉で届けられたらなぁと思って書いてきました。
 私がそれらにこだわる理由の1つに「先生をやっている」というのは確かにあります。けれど、こだわりが少し他の先生より強いかも知れません。

 こだわりが少しだけ強い理由は、「いじめられる」側になったことがあるからだと思います。
 何度か学年だよりミニにも書きましたが、小学生時代、引っ越して「言葉が違う」ということでいじめの対象になりました。
 なので、時々「いじめられる側にもそれなりの理由がある」と言う人がいますが、私はこれっぽっちもそうは思いません。全ていじめる側の問題です。

 中3で初めて部落差別について知った時も「ありえない」と思いました。「そんな差別を残している…、いや残しているだけじゃなく実際に差別している大人ってバカやない!」と思いました。大人の汚い思想が私の中に入っていくのが嫌で、それまで好きだった本を一切読まないようにしました。

 何もかもうまくいかないように感じていた子ども時代でした(自己肯定感・低)が、高校受験あたりから変わってきました。
 1日6時間勉強(これも何度も書きましたね 笑)の結果、志望校に合格できました。
 「1年かかったけど判定Eをひっくり返せた!俺ってすごい?」
 高校では、ほぼ素人だったにもかかわらずバレーボール部に入りました。同学年6人のうち5人が次々と退部していきましたが、私は尊敬できる先輩たちのおかげで続けることができました。
 「中学時代、活躍してた5人が退部していって、一番下手くそな俺が残って、キャプテンもさせてもらえて…俺ってすごくない?先輩のおかげやけど…。」

 バレーボールとペン回ししかしなかった高校時代を取り戻すために大学受験では17時間勉強(これも何度も書きました 笑)、そして志望校合格!
 周りのみんなは「奇跡だ」と言いましたが、私自身は
 「俺ってやればできる!!」
 自己肯定感MAXになりました(^o^)
 だからこそ、あなたたちの「自己肯定感(自分は価値のある人間だ)」を高めたいって思うのです。

 さて、よく学校でおこる「しょうがい」者差別の発言。私はそれも決して見過ごしません。
 理由は簡単です。私の友だちの1人が「しょうがい」者だからです。
 中学生が、差別する気はなくともその言葉を口にすれば、妹や弟、部活や社会体育の後輩が真似をして使うようになります。そしてその子たちの影響でさらに広がり続けるでしょう。そしてついには私の友だちが電動車椅子で町を歩いているときに、指さして「しょうがい」者差別の言葉を投げかけるのです。その言葉を言う側は痛くもかゆくもありませんが、私の友だちにはナイフのようにつきささるのです。そして私の友だちは外出したくなくなっちゃうのです。
 だから私は「しょうがい」者差別も許しません。

 学校の先生になって初めての文化祭で、反戦平和の劇にとりくみました。
 知らないことばっかりでした。私自身子どもの頃、日本は原爆を落とされた被害者としか思っていませんでした。
 その後、「引き揚げ」「福岡大空襲」「二日市保養所」「筑紫駅銃撃事件」「日本軍が中国や韓国で行ったこと」等々調べました。
 戦争で犠牲になるのは、兵隊さんたちよりも、弱い立場の女性、子ども、老人、「しょうがい」者の方が断然被害にあったことも知りました。
 子どもの頃、いじめられた経験がよみがえりました。
 強いものが弱いものをいたぶる…私は嫌なのです。
 権力を握ったものが、その力を正しく使わず、民衆を苦しめたのが戦争でした。
 だから私は戦争に反対し、平和を求め続けることにしたのです。
 平和劇で調べたことがあるナガサキ被爆者、赤い背中の少年として有名な谷口稜曄さんは、「あの日、私は99%を失った。残った1%で生きてきました」と話されているのをテレビで見ました。谷口さんの強さに驚きと憧れを持ちました。

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被爆当時の写真を見せながら、国連でスピーチする谷口稜曄(すみてる)さん。谷口さんは2017年8月30日にお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。

 先日、一年生の教室で「それって差別や~ん」と楽しそうに会話している生徒がいました。
 私は「差別は人の命を奪うものぞ。その言葉を気軽に使うな」と話しました。
 人権学習で学んだように差別は人の命を奪うことがあります。
 いじめで自死した子どものニュースが、毎年のように報道されます。
 私はイジメや差別で死を選ぶ人を決して出しちゃいけないと思うのです。
 だからこそ人権学習に力をいれたいって思うし、学年だよりミニにみんなに伝わるように漫画を多用しながらでも、「いのち」「人権」「反戦平和」「労働」「学ぶ」について書きたいのです。あなたに少しでも届いていたら嬉しいです。

 最後に、
 もしあなたが将来、差別やイジメ(職場でのイジメは「パワハラ」と言ったりします)などで、苦しんだとしたら、LINEとかメールで誰かに相談してください。
 ここにいるみなさん、そんなメールが来たら、力一杯相談に乗ってください。
 友だちにメールしにくいなら、中学時代の先生に相談してください。
 周りの誰かにすがってください。
 イジメや差別で命を失わないでください。
 私からのお願いです。

 

 通信には書いていませんが、生徒たちには娘のことも語りました。涙が出てしまいました。