沖縄慰霊の日 平和の詩 2002
沖縄慰霊の日 平和の詩 一覧
今日6月23日は、沖縄慰霊の日です。
過去の沖縄慰霊の日で読まれた「平和の詩」を探したら、ひとまとめになっているサイトがなかったので、ここ「もへちゃん先生の学級通信の資料置き場」にまとめようと考えました。
2002沖縄慰霊の日 平和の詩
未来に向かって
具志川高3年 名護愛
1945年8月15日
戦争という名の
悲劇から
57年経った
今日も
平和に向かって
時を刻む音がする
しかし
まだ
「戦争」は
終わってないのかもしれない
1972年5月15日
沖縄本土復帰の日
その日を前に
先生が
「平和」について
熱く語る
私は
「平和」について
真剣に考える
見たことのない戦争を
想像してみる
すると
真っ青に晴れた
雲一つない空に
米軍機の爆音が
響きわたる
先生の声は
爆音に消され
生徒の目は
音を睨む
戦争はまだ
「音」として
残っていた
米軍基地の前を
家路に向う
フェンスを背に
暑い日差しを浴びながら
輝やく笑顔で
子ども達が遊ぶ
フェンスの向こう側には
武装した軍人が
立っている
日差しに照らされ
汗だくの顔で
立っている
腕に持っている
銃は
誰に向けるのか
私の目は
銃を睨む
戦争はまだ
「武器」として
残っていた
五月晴れの午(ひる)さがり
家族連れの人々
恋人同士
友達同士
人・人・人の
あふれる中で
「めぐまれない人へ」の
キャッチフレーズと共に
笑うことを忘れて
未来に怯えている少女の瞳が
私を見つめる
私の目は
過去を睨む
戦争はまだ
「傷跡」として
残っていた
6月23日
慰霊の日
祖父と祖母
そして私
正午をつげる鐘
摩文仁に向かって
合掌する
ふしくれた手
しわが刻まれた
その頰に
涙が
こぼれ落ちる
その年老いた目が
見つめる先には
何があるのか
私も
見つめてみた
戦争はまだ
「悲鳴」として
残っていた
「爆音」が消え
「武器」は葬られ
「傷跡」は癒やされ
「悲鳴」は静寂と化す
その時
戦争という名の悲劇は
幕を閉じる
地球に生きる
人間
動物
自然が
互いの立場を
理解し
協調し合った
その瞬間
「平和」は
きっと生まれる
私は空を仰いだ
私は大きく息を吸った
私は遥か彼方を見つめた
私の未来を想像した
乾いた大地に
恵みの雨が降る
雨は上がり
空には
一筋の虹が見える
風が
大地をそっとなでる
その風は
エイサーの音色とともに
人々の心を癒やし
広い海へ
広い世界へと
吹きわたり
平和の意義を
響かせてゆく