もへちゃん先生の学級通信

一日お疲れ様です。もへちゃんクラスの1人になって、ちょっとホッとできる学級通信を読んでみませんか?

受験生へのアドバイス「入試問題の分析のしかた」

 受験前になるとよく話題になる「入試の傾向」。

 本屋さんに売ってる問題集にもその手の題がついているものもよくあります。大手の塾では独自で傾向を分析しているようですし、ネットを検索するとたくさん出てきます。

 そういうものを利用するのもいいのですが、もしあなたが中学校の先生だったら、一度自分なりに分析しておくと、子どもたちに話す際、言葉に力がこもります。

 もしあなたが福岡県在住の中3生自身だったり、中3生の子どもを持つ保護者なら、今回のブログは結構役立つはずです(^^)

 もしあなたが他県在住の方(中3生、保護者、先生…)なら「分析のしかた」そのものが役立つはずです。

 どういうことかと言うと、「数年分の問題を解いて、なんとなく傾向を感じ取る」というのは「分析」とは言えないと私は思っています(以前の私はそうでしたが…笑)。人を納得させられる表現力というのは、最近、文科省が求め始め2020年大学入試改革の目玉の1つ「思考力・判断力・表現力」そのものです。そして公立高校・私立高校ともにこれらの能力を測る傾向の入試問題が増えつつあるのは、福岡県だけでなく全都道府県の傾向です。

 「なんとなく傾向を感じた」と伝えるのではなく、はっきりとした根拠を述べながら「入試の傾向」を語ることは、子どもたちに「表現力」の具体例を示すことになると考え、通信で出してみました。

 そこで今回は、福岡県の公立高校入試の数学の問題の傾向を、中3生に向けて書いた2018年12月19日に発行した通信を紹介します。

分析

 福岡県の公立高校の数学の入試問題の傾向を探るといろんなことが見えてきます。

 例えば大問1の(1)には正負の計算が毎年出ています。

 えっ?そんなことわかりきってるって?

 けれど問題を並べてみると見えてくることがあるんです。

大問1の(1)について

2×(-4)+10   (2000年) 

9+3×(-2)  (2001年)

8+(-3)×2  (2002年)

(-2)×4+9  (2003年)

7+(-4)×2  (2004年)

(-2)×3+5  (2005年)

8+(-2)×3  (2006年)

4×(-2)+6  (2007年)

11+5×(-3)   (2008年)

7+2×(-3)  (2009年)

7+5×(-2)  (2010年)

10+3×(-2)   (2011年)

9+4×(-3)   (2012年)

1+3×(-2)   (2013年)

7+3×(-5)   (2014年)

6-2×(-3)    (2015年)

9+(-2)×7   (2016年)

13+3×(-6)    (2017年)

11+2×(-7)    (2018年)

 これらから言えること

  1.  分数は出ない
  2.  わり算は出ない
  3.  答はいつも1桁


 あっ、いけない!分析3については、2015年の問題の答が2桁でした。

大問1の(2)について

 同様に大問1の(2)を見てみましょう。

3(a+2)-(a-1)   (2000年)

5(a+1)-(a+4)  (2001年)

2(a+3)-(a-1)   (2002年)

4(a-1)-(a+3)   (2003年)

3(a+5)-(a-2)   (2004年)

2(a-1)-(3a-4)     (2005年)

3(a+3)-(2a+4)   (2006年)

2(3a+1)-(2a-5)  (2007年)

3(3a-1)-(4a-7)   (2008年)

4(2a-3)-(3a-5)   (2009年)

2(3a-2)-(4a+1)  (2010年)

3(2a-1)-(a-1)     (2011年)

4(2a-1)-(5a-3)   (2012年)

2(2a-5)-(a-3)   (2013年)

3(2a+1)-4(a+2)  (2014年)

2(3a+2)-3(a+1)  (2015年)

5(3a+2)-3(4a+6)   (2016年)

3(2a+3)-2(5a+4)   (2017年)

2(3a+4b)-(2a-b)    (2018年)

 これらから言えること

  1.  いつもカッコとカッコの引き算
  2.  分数、小数は出ない
  3.  2013年までは後ろのかっこのすぐ前に数字はなかったけれど、2014年~2017年までは後ろのカッコのすぐ前に数字が付いた
  4.  2018年、後ろのカッコのすぐ前の数字は無くなって2013年以前に戻ったけれど、文字が2種類になった。

 昨年までは「大問1の(2)は文字式のカッコとカッコの引き算が出ます。しかも出る文字は『a』です」と言って笑いをとっていたのですが…。

大問1の配点について

 もう少し役に立つ分析を書きましょうね。
 福岡県の公立高校入試の数学において大問1の配点は、この20年間ずっと約20点。全体の3分の1です。
 この傾向は変わることはないと思われます。
 さらに、入試後半に出てくる超難しい問題(偏差値70レベルくらい)の配点と、大問1の1問1問の配点とほとんど変わりません(1問2点とか3点程度)。
 だから、大問1の計算問題で満点を取ることは超大事なのです。

記述式の問題

 大問2~6についての福岡県の入試問題の特徴は、問題文がとにかく長いということが挙げられます。
 さらに2020年の大学入試変革の影響で、ここ1~2年、記述式の問題が増えてきました。
 例えば大問2はここ20年ほど、方程式の文章問題でしたが、2018年で「文字式の証明」に変わりました。
 「こんなにも大きく変わるなんて!!!」と私を含む福岡県の中学の先生たちはとてもびっくりしました。
 記述式の問題を解くために必要な力は

  1.  まず、長文の問題を短時間で正確に読み取る力
  2.  次に、正確に説明できる論理力
  3.  そのためには数学用語の意味を正しく知っていることや、普段から図や表などいろいろなもので説明するくせをつけておくことです。


 「配点」という視点で言わせてもらうと、大問2~6の中にちりばめられた「記述式の問題」の配点は、2017年は14点分でした。しかし2018年は20点、約3分の1になりました。
 この傾向はますます進んでいくと思われます。

数学が苦手な人が、県平均点をとる方法

 ここまで読んで不安になった「数学が苦手な人」、大丈夫です!
 私は高校で数学のテスト100点満点中8点をとっていた男ですよ(笑)
 そしてそこから這い上がった男です!
 そんな私が、数学が苦手なあなたにアドバイスをしましょう。

  福岡県の公立入試数学の平均点は約30点です。

  1.  まず大問1で満点をとればもう21点です(^^)。「大問1で満点」に向けては努力・努力・努力あるのみです!
  2.  そして次に点数を稼ぐ場所として、私のおすすめは図形の証明です。ここで5点。まず定理を片っ端から暗記しましょう。
  3.  次に、2017年以前だとさらに大問6で「ねじれの位置」を解いて2点だったのですが、2018年、「ねじれの位置」は大問1に入れられちゃいましたので、この技は使えません(T_T)
  4.  そこで出てくるのが「大問2~5の(1)を正解する」作戦です。

 これらを正解することで、残りの問題を一切解かなくても平均点、すなわち偏差値50の得点をとることができます(^^)

大問2~5の(1)を解く方法

 ただし大問2~5の(1)は、解説を聞いて解いてみると「な~んだ、こんなやり方でいいんだ」と拍子抜けするような問題なのですが、入試では自分1人で問題文の長文を読み、何を求めるべきかを理解する力が必要になってきます。
 では、読解力や表現力という力をどうつけていけばいいでしょうか?
 それは「普段から、『友だちに説明する練習』で付ける」です。

 数学が苦手な人に説明することで、苦手な人はわかるようになります。さらに得意な人は「思考力・判断力・表現力」を鍛えることになります。どちらにとっても得なのです。
 仲間を誰1人見捨てないことが、仲間のためだけでなく、自分のためにもなるんです。
 みんなで頑張りましょう!

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ちょこぴよさんによるイラストACからのイラスト

 もちろん紙面の関係で、分析したすべては書けませんでした。

 書けなかったことは、教科書を教え終わった後の1月~3月の授業で過去問を解かせるので、その際に少しずつ子どもたちに伝えました。

 また、1月~3月の授業でも『学び合い』の考え方で授業をすすめていましたので、子どもたちはどんどん教え合っていました。 

 

 ネットで調べるのとは違い、自分で分析するには、それなりに時間がかかります。

 私の場合は、ある年の冬休み、一念発起して、「①本屋で買ってきた福岡県入試問題集(5カ年分)」と、「②それまで毎年切り抜いてとっていた新聞に載った入試問題の記事」、「③数年前に買った福岡県入試問題集(5カ年分)」等、集められるだけの入試問題の過去問を集めて、問題を書き出して比較しました。

 調べてみると、ネットで分析してることとほぼ同じ結果になったりもしました。

 けれど、それ以外にも気づいたこともありました。

 一番の成果は、私自身が自信満々で子どもたちに語ることができたこと。いや、人を説得するための具体例を示すことができたこの通信が一番の成果かもしれません。

受験生へのアドバイス「雨だれより火薬より強いもの」

 前回、前々回のブログで、受験生への「雨だれ、石を穿つ」=「継続は力なり」を超えるアドバイス「コツコツとりくんで、できた穴に火薬をつめて爆破しよう」を書いた通信を紹介しました。

 私が書いた「火薬をつめて爆破する」を一言で表すと、

「『コツコツ勉強する』っていう漠然としているイメージを、『1日6時間、土日はさらに多く勉強して月に200時間、勉強する』というかなり過激だけど具体的なイメージに変えろ」ってことでした。

 これは私自身が経験した受験勉強にプラスして、今までのもへちゃん学級の子たちの受験勉強から生まれた経験則です。

 しかし、前回の紹介した通信の最後に「火薬をつめて爆破させることなく志望校に楽々通ったBさん」が登場しました。

 そこで今回は、そのBさんの秘密について書いた2018年1月12日の学年通信を紹介します。

Bさんの秘密

 先生をしていても生徒に教えられる事ってある。前号で紹介したBさんはその一人だ。

 「1日6時間受験勉強をして、6時間睡眠をとる」
 これが、いわゆる「逆転一発型」の僕自身の受験勉強スタイルだった。

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勉強大爆発 1日6時間勉強!

 Bさんは「私はそんなことすると次の日、ボーッとなるから」とそれまでのペースを変えずに、無理することなく普段のペースで勉強し続け、志望校に見事合格した。
 なぜ彼女は無理せず志望校に合格できたのだろう?
 
 理由は簡単、Bさんは「コツコツ型」だったのだ。

 

 中学に入ってからの彼女しか知らないけれど、1年生の頃から彼女は、毎日、自学ノートをビッチリと書いていた。ゴールデンウィークもお盆もお正月も。
 1~2年生の頃は自学ノートと授業の復習を毎日2時間、きっちりとりくんでいたそうだ。

  • 2時間✕365日✕2年間=1460時間…①
  • そして3年生では時間を増やして毎日4時間→4時間✕4月から受験日まで(約340日)=1360時間…②

 合計は①+②で、2820時間

 

 一方、逆転一発型の人(僕も含めて)は、9月から真剣にとりくんだとしても

  • 6時間×190日=1140時間

 

 勉強してきた時間数はBさんは倍以上。努力は裏切らないってわけだ。
 自分自身が「逆転一発型」で人生の試練を乗り越えてきた僕は、「コツコツ型」の底力を身にしみて感じた。

 残念なことに、僕がBさんに出会い、コツコツ型の底力を知ったのは大人になってからだから、大学受験の頃の若かった僕は、この時も「逆転一発型」でとりくんでしまった(笑)。
 高1~高3夏前まで、バレーボールしかしてなかったから、中学時代よりも逆転はむずかしかった。

 部活で体力だけはあった僕は、睡眠時間を削って勉強時間を確保する方法しかなかった。

 1日3時間しか寝なかった。この間は布団に寝たことがなかった。それを9月から3月まで続けてやっと間に合った。

 ただしこの方法はお薦めしません。健康を力一杯損ないます!インフルエンザでもかかれば一発アウトだし…。

 

 ちなみにBさんは高校でもコツコツ型でとりくんだそうだ。そして高3の1月早々にに志望大学に合格し、2月~3月は自動車免許を取りに行っていたとのこと。
 コツコツ型、恐るべし!

 

 以前「テスト直前 - もへちゃん先生の学級通信」で紹介した東大生のツィツター

 では「1000時間」という具体的な数が書かれていました。

 

 今回の通信を書く際に計算してみた、私をはじめとする「逆転一発型」の勉強時間(9月~3月初旬)は、

  • 6時間×190日=1140時間

 東大生・河野玄斗さんのツィツターにぴったり合います!

 私自身、この1140時間の勉強がなければ、志望高校に合格できてなかったと思います。そしたら、学力もそうですが、私に影響を与えてくれた先輩たちや友人にも出会えず、また山より高いセルフイメージも手に入らなかっただろうなぁ。

 そう考えると、きっと今の仕事にはついてなくて、年収は今より100万円以上低いことが予想されます。

 ほらね、「火薬をつめて爆破する」=「勉強 大爆発」は有効でしょ(^^)

 

 しかしBさんの勉強時間を計算してみて、びっくり。同じくらいかと思ってましたが2倍以上の勉強時間でした。

 やはり「継続は力なり」が最強なんだなぁ。

受験生へのアドバイス「『雨だれ、石を穿つ』を越えよう」②

 「雨だれ、石を穿つ」は「継続は力なり」を表す素敵な言葉です。

 が、人によって努力の量が違います。

 どういうことかというと、それまであまり勉強した経験が無い子にとっては1日1~2時間の勉強を継続できていたら、その子は満足してしまうかもしれません。

 でもそれじゃ足りないと私は思っています。だから「雨だれ」とは違うもののイメージを、秋以降くらいからは、受験生には持たせてやりたいのです。

 そのことについて中3生に書いた2018年1月11日の通信を紹介します。

雨でないもの

 3学年だよりミニ13号で「残りの日々がわずかになった今こそ、雨ではないものが必要だ。」と書いた。では「雨でないもの」、「火薬」に相当するものとはいったい何だろう。

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 僕は「勉強をやってやってやりまくること」だと思っている。今までの君の人生の中で最も頑張るのが今の時期であるべきだ。

 僕自身が中3生だった頃、この時期は毎日6時間、勉強していた。中3の秋まで真剣に受験勉強にとりくまなかった僕にとって、それでも間に合うかどうかわからなかったけれど…。
 結局、僕は志望校に合格できた。その経験を、過去、中3生を担任した時の生徒たちには伝えてきた。

 「6時間くらいやるのが受験勉強だ。そして睡眠時間も6時間とれ。インフルエンザや風邪といった感染症にかからないために睡眠時間は必要だ。」

 Aさんという生徒がいた。見事に志望校合格を勝ち取った生徒だ。Aさんの勉強時間は月に200時間を越えていた。
 6時間✕30日=180時間だから「200時間を越えるなんて」とびっくりした。
 僕自身の経験では、1日6時間以上するためには睡眠時間を削らなければならない。Aさんが月に200時間を越えたってことは、睡眠時間を削ったに違いないと思った。

 そこで
 「A、おまえ、かなり無理したろう?」
と聞くと彼はニヤリと笑いながらこう答えた。
 「ちゃんと6時間、睡眠時間、とったよ。でも先生、土日があるやん」

 Aさんだけでなく、月に200時間を越える人たちは全体の1/3くらいいた。その人たちのほとんどは志望校に通った。

 一方、Bさんという人は、23時頃には寝て7時に起きるというそれまでのペースを崩すことはしなかった。「睡眠時間を削るとボーッとなるから」と言っていた。しかし彼女も志望校に通った。それはなぜか?
 ああ、もう紙面がない。次号のお楽しみですな(笑)

 

 前回のブログで紹介した通信も今回の通信もB5片面サイズの通信でした。

 なので、紙面の関係で「次号のお楽しみ」みたいになってしまうわけです(^^)

 「学級通信をなかなか書けない」という方には、このB5片面がお勧めです。画像を何枚か入れると、あっという間に出来上がります。

 私は通信を書くことに負担感を感じません。そのわけの1つは「通信には、たくさんの話題を詰め込まない」ことにしているからです。

 このブログでも何度か紹介してきた広島の八ッ塚実さんから「ネタは小刻みに」と教えてもらったからです。

 よって、Bさんの秘密については…「次回のお楽しみ」です(^^)/

受験生へのアドバイス「『雨だれ、石を穿つ』を越えよう」①

 11月になりました。中3生の担任をしていると、多くの子が自らの進路に真剣に向き合うようになってきます。

 通信でも後押しするには、前々回のブログ「読書の秋…私のお勧めは、「ビックマグナム黒岩先生」…よりは、むのたけじさんの「たいまつ」かな(^^) - もへちゃん先生の学級通信」で紹介した「雨だれも続けば、石にだって穴をあける。そんなことで楽観すれば、穴が指一本はいるにすぎない寸法であることに悲観する…」を使います。

 「たいまつ」の原文をそのまま紹介するのもいいのですが(前々回のブログで紹介した通信はそうでした)、自分自身の言葉になおして語るのもいいものです。

 そこで今回は、2018年1月10日、中3生に対して発行した学年通信を紹介します。

試練

 2018年がスタートした。そして今日は冬休み課題テストだった。
 2018年は、君の人生にとって、試練の年だ。

  • ◯◯高校◯◯◯入試 1月18日(木)まで、あと8日
  • ◯◯高校◯◯◯入試 1月19日(金)まで、あと9日
  • 私立高校 専願入試 1月23日(火)まで、あと13日
  • 私立高校 一般入試(福岡地区前期) 2月2日(金)まで、あと23日
  • 県立高校・市立高校 推薦入試 2月6日(火)・7日(水)まで、あと27日
  • 私立高校 一般入試(福岡地区後期) 2月10日(土)まで、あと31日
  • 高専 一般入試 2月18日(日)まで、あと39日
  • 県立高校・市立高校 一般入試 3月7日(水)まで、あと56日

 そして卒業式 3月9日(金)まで、あと58日

 

 雨だれも続けば石に穴を開けることができる。継続は力なりってやつだ。

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 しかしこれが君の試練突破にあてはまるだろうか。

 

 「雨だれ、石を穿つ」=「努力を続けてきたから」と安心していたら、指が通るくらいのその穴の小ささを知った時、「こんなんじゃダメだ」とがっかりする。指が通っても身体が通らなければ、「突破」はできない。

 「今までしたことがないくらいコツコツがんばってきたから、努力は報われるはずだ」…そんな楽観的な考えが通らないから「人生の試練」なんだ。

 残りの日々がわずかになった今こそ、雨ではないものが必要だ。どんな小さな穴であろうと、そこに火薬をつめることだ。2017年の間に続けてきた「受験勉強」という努力でできた「石の穴」に火薬をつめて、石そのものを爆破しよう。自分自身の進路を自分の力で突破しよう。

 残された日々をそれにあてよう。
 まずは「私立入試 全員合格!」を目指して、2018年をスタートしよう。

 紹介した通信は1月に発行したものですが、本来なら「コツコツ継続するだけじゃダメだ。火薬をつめろ」ってアドバイスは1月では遅いと思います。この年は個人的にいろいろあったので、こんな遅い時期にこの通信を書く羽目になってしまいました。

 では「雨だれ、石を穿つ」を越える「火薬」とはいったい何か?

 次回、乞うご期待!

ハロウィンに見る「匿名性」と、生徒会活動

 今年(2019年)の渋谷のハロウィンは9人が逮捕されたと報道されていました。

 2018年は13人。

 「1億円かけて4人しか減らなかったのか」とワイドショーで誰かが言ってましたが、何もしなかったら13人を上回って、来年、再来年とどんどんエスカレートしたんじゃないかなって私は思います。

 そんなハロウィンのニュースは、ドンピシャな通信ネタ、いわゆる「時事ネタ」ですね。

 ということで、今のところ、過去最高の逮捕者を出した2018年11月1日に発行した学年通信を紹介します。

ハロウィン

    朝食を摂りながらテレビを見ていると、渋谷のハロウィンのニュースが流れていました。

 10月31日のハロウィンを前にした週末、東京・渋谷に集まった群衆が一部暴徒化し、逮捕者が出る事態に発展した。
インターネット上には、イタズラでは済まされない愚行が次々と投稿され、「今後の規制につながりかねない」と危惧する声が溢れ返った。

 渋谷での喧騒はこれまでにも、ゴミの不法投棄などが問題視され、相次ぐ違法行為やマナーの低下に地域住民から批判の声が上がっていた。
 過去には「DJポリス」の活躍も話題になったが、今年は渋谷区が周辺店舗に瓶入りの酒類販売を自粛するよう要請するなど、事前対策を講じてハロウィン直前の土曜日を迎えたが、効果はまったくなかったようだ。
 日付をまたいだ28日午前1時頃、センター街で立ち往生した軽トラックを群衆が力づくで横転させる事件が発生。直前から半裸の男性が荷台に飛び乗るなど“やりたい放題”で、動画が拡散されると「渋ハロ終わってるな」「完全に群集心理の暴走。止めようものなら命にかかわりそう」「どこの国の騒乱だよと思ったら日本ってマジか」「終末映画とかのパニックに陥った群衆シーンかと思った」などとあきれ返る声が続出している。

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 元々のハロウィンは、仮装した子どもが家々をまわり

Trick or Treat?”

(お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ)
と言い、言われた方は

”Happy Halloween”
とこたえてお菓子をあげるものらしいです。

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イラストACより

 それなのになぁ… 
 とても残念なニュースです。

 このニュースを見ながら、「なんだかインターネットの中での差別書き込みと似てるなぁ」と私は感じました。

 インターネットはとても便利です。調べたいこともすぐに調べられるし、遠く離れた人ともつながれます。
 以前、千葉の先生と共同で本を書いた時も、週に1回「Skype」でテレビ電話をしながら、時にはそのテレビ電話会議の中に編集者さんも入って、作り上げていきました。
 「なんとすごい時代なんだろう」とつくづく思いました。

 けれど一方でインターネットの世界には「匿名性」をいいことに、人を傷つける書き込みが大量にあります。
 ふだんは人の目を気にして口に出さないような言葉を、平気で書き込み、それに呼応するかのように、別の人がさらに悪意むき出しの書き込みをしています。

 渋谷のハロウィンでは、

  • 楽しいから人がたくさん集まる
  • いろんな人と出会える

という良さの反面

  • 仮装しているから自分が誰だかわからないと思って、人に迷惑をかけるのが平気になる
  • 迷惑かけることを面白がる集団があちこちに出現する

という現象が起きています。
 私はこの「良さと悪さ」がインターネットの世界とよく似ていると感じたわけです。

 「匿名だから」、「仮装しているから」と、人を傷つけたりやりたい放題することは、「良さ」そのものを手放す結果になっていきます。

 これは何もインターネットの世界だけでなく、現実にも起こっています。
 次の文は大濠花火大会中止の理由を書いた西日本新聞の記事の一部です。

 規制に反して入場しようとする方、出入り口以外から会場に侵入を試み、負傷して病院に搬送された方もいました。
 園児や児童が大切に育てていたヒマワリ花壇が観覧者に踏み荒らされるという痛恨の出来事は、会場の収容人員をはるかに超える観覧希望者が殺到している現状の一端だったとも言えます。

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 花火大会を運営する人たちは、それまでにも交通渋滞解消にとりくんだり、安全のためにたくさんの警備員を置いたり…と問題を解決するためにたくさんの工夫を続けていました。
 けれど園児たちが大事に育てたヒマワリを踏み荒らした人がいた…このことが大濠花火大会を中止に追い込んだ決定的な出来事でした。

 インターネットの世界でも、現実の世界でも、自分たちの幸せを作っていくためには人権感覚豊かであらねばならないのです。
 自分だけが気持ちよければ、人を傷つけてもいいと勘違いしている限り、日本の社会は幸せになれません。

 「自分もよし、他人もよし」…私の座右の銘の一つです。

 

 2019年も大濠公園花火大会は開催されませんでした。

 佐賀インターナショナルバルーンフェスタも、心ない一部の人のふるまいで、2018年はオートキャンプが禁止になりました。(2019年は、キャンピングカー優先かつ自己責任という限定付きですが、キャンプ可になりました)

 以前書いた「無言清掃に感じる不安 - もへちゃん先生の学級通信」で紹介した2014年、内閣府が調査した「今を生きる若者の意識~国際比較からみえてくるもの」には「社会現象が変えられるかもしれない」という調査項目があり、次の図のような結果が出ました。

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2014年内閣府調査「今を生きる若者の意識~国際比較からみえてくるもの~」より

 図を見ればわかりますが、内閣府は「社会問題への関与や自身の社会参加について,日本の若者の意識は諸外国と比べて,相対的に低い」と分析しました。

 

 一方で社会規範について調べた結果は 

図表6 社会規範

 「諸外国の若者と同程度かそれ以上に,規範意識を持っている。」と分析しました。

 これらは、「『常識』や『規則』を守るものが評価され、決められた枠組みからはみ出す子は評価されない」教育の結果が数値となって表れたのだと思います。

 決められた規則を、思考停止状態で受け入れ続けた結果が、「社会現象を変えられない」とあきらめる若者を作っているんじゃないかなって思っています。

 

 もちろん私は教育現場の「荒れ」は望んでいません。

 

  けれど、「規則をよりよいものにしていく」行為、例えばフランスのイエローベスト運動や、香港の民主化デモを「暴動」だとは思っていません。(どうもマスコミはそういうイメージを植え付けたいみたいですが)「イエローベスト運動 フリー 画像」の画像検索結果

  話がそれてしまいました。例えば「規則をよりよいものにしていく行為」=「生徒総会等で、校則を考える」が学校ではどんどんできなくなっている感があります。いや、「できなくなっている」のではなく「話し合いでよりよいものを考える場」という発想そのものが無くなっているのかな。

 「職員会議は決定機関ではなく、伝達機関だ」と言われて久しく、若い先生方は、会議で意見を交わし合い、よりよいものを作っていく経験を知りません。

 そして生徒会を指導するのは、そんな若い先生方です。これってなんだか悪循環のような気がします。 

 

 内閣府はそんな日本の若者(子どもたちや若い先生方)に危機感を持っているんだろうに…

 ニュース等でインタビューに応えている香港のデモに参加している子どもたちって、自分の国を本気で大切に思い、「よりよいもの」のために自信を持って参加してるように思えました。

 自分の国を本気で大切に思い、よりよいものを求めて行動した結果、人類は「民主主義」を手に入れました。歴史を学べばそのことが鮮やかにわかります。

 

 日本のこと(目の前のこと)に話を戻しますね。

 よりよい社会を目指すためには、渋谷でハロウィンの日を厳重に警備するだけでなく、学校教育に変革を求めることも大事だって私は思います。

 

 そしたら、目の前の子どもたちが大人になる頃には、大濠花火大会も再開するかもしれないな~(^^)

読書の秋…私のお勧めは、「ビックマグナム黒岩先生」…よりは、むのたけじさんの「たいまつ」かな(^^)

 過去の通信をパラパラめくって、秋には、合唱コンクールについて書いた通信がけっこう多かったことに気づきました。

 それ以外は無いのかなぁとさらに探すと…見つけました!「読書の秋」

 前回に引き続き、1992年、中学3年生の担任をしていた頃の通信です。

 読み直してみて、中3生には難しい内容だったかなぁと感じました。なぜなら今の私(50代)自身が「そのとおりだなぁ」としみじみ感じたからです。

 でも時を隔てて今、このブログを通して、読み直してくれているあの頃の子たち(30代後半?…もう「子」ではないですね 笑)が何人かいるので、紹介する意味があるのかな?

 ということで、1992年10月8日の通信を紹介します。 

読書の秋

 最近、小説を持っている人が多い。図書室も今週から開館している。まさに読書の秋だ。

 僕が今、読んでいる本の中に、進路に悩む君たちに見せたいものがあった。

 

 1人の人間が生涯にやれることは1つのことです。

 いろいろのことを器用にやってのけるように見える人でも、1つのことをさまざまの形でやっているのです。

 1つのことすらやりおおせないで朽ちていく私たちが、あまりに多いではありませんか。

 才能とか素質とかいわれるものの大小、高低にすこしばかりのちがいはあろうと、どんな人にだってその人でなければやれない仕事、その人にこそふさわしい仕事が、この地上に1つは必ず残されています。

 それに気づくことが出発点です。

 その発見は鮮明な表現をとるより、「何となくそうしたい」とか「ひそかにねがう」とか、ごくつつましい形であらわれることが多いようです。

 ですから、道は決まっています。

 なんとしてもやりたいと自分で思うこと、どうしても自分がやらなければならないと思うこと、それを万難とたたかってもやりなさい。

 それがあなたの仕事です。

 

 雨だれも続けば、石にだって穴をあける。

 そんなことで楽観すれば、穴が指一本はいるにすぎない寸法であることに悲観する。

 そういう観察は、穴にボウフラをわかせるだけである。

 楽観と悲観をつきぬけるには、雨でないもの、石でないもの、すなわち燃えるものが必要である。

 小さな穴であろうと、そこに火薬をつめることだ。

 生きるための戦具はそのようにしてつくられ、そのようにすれば石をだって、ボウフラをひねりつぶすようにとび散らせることができる。

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当時は手書きの通信だったので、イラストも手描きです(^_^;)

 

 美しいといえる生き方があるとすれば、それは自分を鮮明にした生き方である。

 詞集 たいまつⅠ むのたけじ 評論社 より

 

 ちょっとむずかしいかもしれない。

 あなたは、意味がはっきりとわかりましたか?

 これで悩みが解決するわけではないけれど、勇気がもらえるといいね。

 

 この頃、日本全国の学校の多くはまだ「荒れ」ていました。

 このブログを読んでくださっている若い方には学校の「荒れ」といってもイメージが湧かないかもしれません。そんな方は、TVドラマ「金八先生第2シリーズ」や、漫画「ビックマグナム黒岩先生」がおすすめです。いや、「ビックマグナム黒岩先生」は誇張しすぎかな(笑)。でも読んで楽しい漫画です。

www.tbs.co.jp

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 別に話がそれたのではありません。通信の1行目に「図書室も今週から開館している。」とあるのは、「荒れ」た学校で図書室がぐちゃぐちゃになっていたのを、数年かけて図書委員たちが整理し続けて、この年の秋、開館にこぎつけたことを意味しています。

 さて、通信内で紹介した文章は、むのたけじさん著「詞集 たいまつⅠ」の引用です。

 ひょうたん水筒作り(収穫の秋、学校で収穫したひょうたんを◯◯にしてみよう - もへちゃん先生の学級通信)で、私の書く学級通信は広島の八ッ塚実さんに影響受けていることを書きました。

 仲間とともに広島の八ッ塚先生を訪ねていろんなお話を聞かせていただいたときに八ッ塚さんから「私は、むのたけじさんの『詞集 たいまつ』に大きな影響を受けています」と教えてもらいました。

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すてきな文章が多くて付箋だらけです(^^)

 「詞集 たいまつⅠ」から引用した、通信の1番目の詞を読んで、しみじみと自分の今の仕事のことを思いました。私がやり通した1つのことって何だろうって。

 反戦平和」「反差別」かなぁ?

 えっ、「2つじゃないか」って?そうですねぇ…(^_^;)

 「戦争は最大の差別である」という言葉があることを考えれば、「反差別」に集約されるのかもしれません。

 

 2番目の「雨だれも続けば、石にだって穴をあける。…」は、中3に対しての通信によく書く文章です。

 

 3番目の「美しいといえる生き方があるとすれば、それは自分を鮮明にした生き方である。」は、プロフィールにあるように、私の座右の銘の1つになっています。気がついた方、いらっしゃるかな?

「何にもなかった」ことをネタに、通信を書くと…「学校の働き方改革」や「先生のいじめ」につながります

 合唱コンクールが終わったら、新人戦、地域貢献活動、スマホ安全教室、防災訓練、修学旅行、生徒会改選、実力テスト、定期テスト…学校現場は息つく暇もないほど何かしらの行事に埋め尽くされています。

 毎月、似たようなものですね(T_T)

 それでも年に数回、「今日は何もない日だぁ」ってことがあります。

 今回紹介するのは、1992年、中3生を担任していた年の10月29日に発行した通信です。

 生活ノートに、ある子が「今日は何にもなかった」と書いてきました。よくありがちな日記かな?(^^)

 では「何にもなかった」ことをネタに通信を書くとしたら、あなただったらどうしますか?

何にもなかった平和な日

 うわさされていた地震はなかった。よかった、よかった

 関東における地震の原因の1つは、マグマの流れによるものだと、昔、聞いたことがある。

 マグマの流れによりプレート(地殻)が少しずつ日本の下にもぐりこみ、先端が耐えきれずピンッと跳ねたときの振動が「地震」になるらしい。

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当時は手書きの通信だったので、イラストも手描きです。矢印の先端が「ピンッ」となるところです

 記録1

 good morning everyone

 昨日は何もなかった平和な日だったので、書くことはありません。

 だから終わらせてもらいます。

 何もないような日に「変化」は始まっている。

 いろいろなものごとは、突然変化するように見えるけれど、その劇的な変化の前までに少しずつ、でもずーっと変化し続けている。地震がそうであるように。

 今は何にもないように見えるけれど、その下では確実に変わっている。

 このような自然の法則に学んで欲しい。

 新しい班になって、「実力アップ」、「仲間作り~本音が言い合える~」を目指せるはず(班編制委員会では、そういう視点でメンバーを決めたから)。

 合唱コンクールや体育祭やクラスマッチという特別な日に「変化」が起こるのでなく、何にもなかった平和な日にどんなことをやれたかが、来たるべき日の「大変化」をもたらす。

 目の前にある合唱コンクール、冬季実力テスト、約4ヶ月後にある受験…、自分たちの大変化を目指すのなら、ふだんの日々にこそ努力をしよう。

 

 今から見れば、まだこの頃は、行事がぎゅうぎゅう詰めではなかったのかもしれません。

 でも当時もバタバタしてて、1992年は通信を年に30号も発行できませんでした。この年、中3だった子(いや、今はいい歳の大人ですね 笑)が数人、読者になってくれてるので、この場を借りて謝ります。ごめんなさい<(_ _)>

 ちなみに今回紹介した通信の中の記録1は、読者になってる教え子の1人が書いたものです。憶えてるかな~。

 

 数年前、4月行事の数を数えたことがあります。出席日数15日ほどで行事が30以上。他の月もほとんど変わらない感じでした。

 雨後のタケノコのように、新たな「◯◯教育」という行事が、どんどん学校に入ってきます。「租税教室」「いのちの授業」「食育」「暴力団排除教育」「青少年のためのオーケストラ」…1つひとつの意図するものはそれぞれ大事なのですが…。

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雨後の竹の子 写真ACより

 昔の人は「一升徳利に二升は入らぬ」ということわざを残しました。

 まるでジグソーパズルを作るかのように行事を入れ込むことはできます。しかし、その多さに、1つひとつの行事の目標が見失われ、ただただ行事消化に追われているように感じます。

 また、1つひとつの行事の目標を見失っているだけでなく、日常に大切にすべきこと(私の場合は、生活ノートや班ノートへの赤ペン返事、学級通信書き。すなわち学級集団作り)を省略して、そしてそれが当たり前になってしまったり…そんな感じです。

 今回、紹介した通信に書いた「自分たちの大変化を目指すのなら、ふだんの日々にこそ努力をしよう」ができる現場、すなわち「ふだんの日」と言える日(何にもない日)に、子どものための努力ができる現場を求めたいですね。

 おお〜、これぞ学校の働き方改革

 そういう努力(子どもどうしをつなげるための努力)を積み上げてきた先生が先輩になったなら、若い先生に対して傷害や威力業務妨害(マスコミでは「先生のいじめ」と表現してますが、私は犯罪だと思ってるので)はしないはずです。